ホール開発で不動産を扱う田中プロデューサーは、大阪球場とパイプがあった。かつて南海ホークスの本拠地だったこの老球場は秋に取り壊され、新しい街になるという。長いこと住宅展示場だったグラウンドも更地になった。そこで、Piper の旗揚げ公演をこの場所でやらないかというのだ。もともと近鉄アート館で旗揚げを、と思っていた二人にとってこれもまた考え込む提案だった。しかも南海沿線のゴスペルチームやフラメンコ教室の人たちも交えて、という企画だ。畑違いにもほどがある。
 しかし我々はそれも受けてたつことにした。もともとおりこうさんな芝居をやるつもりはないし、野外ステージはずっと憧れていた。畑違いの人たちも芝居の一部としてうまく光ってもらえるだろう。
 いくつかの誤算はあったが公演は成功だったと思う。後藤の書いた本はすべての要素をみごとに生かし切ったものだったし、今はなき大阪球場は野外芝居をうつのに最適の場所だった。電車がひっきりなしに通り、近所で打ち上げる花火の音や救急車のサイレンまで聞こえてくる。それでもそこには魔法のような空気がはじめからあった。夏の夜、役者達、スタッフ、そして過去にここで熱狂した人々の思いの残像。こういうのを本当に魔法と呼ぶのかも知れない。そう思える何かを、そこにいた全員が感じ取っていた。
 とにかくPiperは、このファンタスティックな芝居で幕をあけた。





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